2011-04-01から1ヶ月間の記事一覧

車輪のうえ(4)

マレーシア南端に位置する都市、ジョホール・バルへは国境にかかる橋を渡る。 どうやら道を間違えたらしく、自動車専用の道路に来てしまった。暑くて引き返すのも面倒だったので、そのまま橋にある出国審査のゲートに突入。ダメだといわれたら、やり直せばい…

高野寛の音楽が個人的にヤバい件について

前半かなりふざけて書いたので、長いし怒りっぽいひとは読まないほうがいいかもしれない。怒られてもたまらん。 単なる消費者であるところのぼくは、自分で何かを生み出す人たち(俗に「クリエイター」とかいわれる人たち。この表現は嫌いだけど。人であって…

車輪のうえ(3)

シンガポールでは2泊。 到着の次の日は、ざっと街中を歩いて散策し、かのマーライオンを見にいったり、地図を買ったりした(マレーシアの地図は日本で購入していたが、タイの地図は現地調達)。地図を買ったのは、キノクニヤ書店だった。 歩き回っているだけ…

車輪のうえ(2)

シンガポール到着が昼間であれば、空港で自転車を組み立て街まで出ようと思っていたのだが、夜だったのでタクシーでホテルまで行くことに。空港にはタクシー乗り場があり、ベルトコンベア式に並ぶ車両に選択の余地もなく順に乗り込む。 ぼくはどこへ出荷され…

電車でぼんやり考える、メールの自己防衛

いまの時代のコミュニケーション行為のかなりの部分を占める電子メールは、「文字」というものが、多様な数ある表現形式を構成しあるいは補完するいち部分に過ぎない、ということを忘れさせる。でも、人びとの(事務的な内容から感情の吐露に過ぎないものを含…

車輪のうえ(1)

人間というものは、より大きな危険を怖れているときには、いつでも、より小さい危険のなかへ踏み入る勇気をもつものである、ひとつの危険を無限に怖れるときには、その他のもろもろの危険はまったく存在しないも同然である。 S.キルケゴール『死にいたる病』…

むかし「ファーブル昆虫記」という下ネタ一発芸を

風呂からあがり、湯船に腰かけ汗がひくのを待って、しばらく虚ろな宙を見つめて髪から落ちる水滴の残像をみとめたあと、図と地が逆転してへそに目がいく。くぼみに水が溜まっていて、心拍にあわせて水面がわずかな、しかし動的で生々しい律動をみせる。ふだ…

関係と時間と

(前回の続き)春のユーウツは実にいろいろなことを考えさせてくれる(精確にいえば、「考える」というよりむしろ「気分」に近いもの)。花粉のせいで積極的に外には出ないということもあって、狭い空間で長い時間を過ごすというユーウツには格好の物理的な条件…

雨露の恩

春という季節独特のフワフワする感じというのは、たとえば学生時代の新学期における人間関係の更新とか、「発情」というコトバに表現されるような動物の性的な高揚とか、グッとあがる気温だとか、日が長くなってきたなーとか、そんな気候の変化が誘因となる…