車輪のうえ(4)

 マレーシア南端に位置する都市、ジョホール・バルへは国境にかかる橋を渡る。

 どうやら道を間違えたらしく、自動車専用の道路に来てしまった。暑くて引き返すのも面倒だったので、そのまま橋にある出国審査のゲートに突入。ダメだといわれたら、やり直せばいい。早く渡って安心したい。

 出国審査のおばちゃんは、「お役人」特有の無駄に敵意(いや、敵意ではない、単に面倒なのだ)をむき出しにしたヒドい表情をしていたが、パスポートをみせ、行先の確認、出国の目的なんかを口頭で聞かれただけで、なんなくシンガポールを脱出。

 「脱出」というと悪漢に追われていたり、シンガポールでなにやら悪いことをやらかしたりしたように聞こえるが、なにせ旅の始まりを告げる大事なタイミングだ。高いテンションにまかせた、過剰で間違った表現くらいはさせてほしい。国境の橋を渡る!なんて、旅立ちのメタファとしては、できすぎるくらいにステキではないか。

 橋のうえは車やバイクが多く、やや神経質になりながら、そして排ガスにまみれながら進む。左を振り返れば、島としてのシンガポールが見える。では、いつかふたたび。今度はオトナになって、自転車なしで、来よう。


 橋の途中で、マレーシアへの入国審査。

 入国カードは?と聞かれ、もっていないと答える。やばい、怪しいヤツだと思われはしないか、と一瞬過剰にビビったのだが、審査官のニイちゃんはなにか訝るような顔つきながら、カードをくれた。どうやらどっかでもらって事前に書いてくるらしい。そういえば、飛行機のなかで書いたな。道路が少し膨らんでいて、スペースがあるので、端に自転車を寄せて書く。

 おまえ日本人か?うん。ふーん……。怪訝そうな顔は変わらない。何がそんなにアヤシいのか……。まあ、いいや、行ってよし。

 ニイちゃんはハンコをバン!とパスポートに押した。こうして、なかば強引で危なっかしくはあるが、マレーシアへの入国は完了。

 勉強してきた(というほどでもない)マレー語で、ありがとう、をいうと、初めてニイちゃんの顔が崩れる。おまえ、マレー語わかるのか!……ちょっとね(これは英語)。ここを通る外国人は、もっぱら英語なのだろう。

 昼過ぎにはジョホールに入り、さっそく両替所を探す。銀行らしきとこにいったが、ここではやっていないという。銀行と両替所は、違うのか。行員は、かわりに近くの両替所を教えてくれる。1RM(リンギット)がだいたい30円ちょっと(当時)。まずは様子見で4,000円分の両替。

 腹が空いたので近くの店で、肉団子が入っている麺とコーラを摂る。暑さと緊張で、たいした距離を走ったわけでもないのにグッタリ。塩分と糖分を体内に投入するのだ。この旅では、糖分の補給のためにコーラを大量に飲んだ。コカコーラはどこにでもある。普遍的な存在。

 店のオヤジ(中国人系)が外国人を見つけて話しかけてくる。およそ旅行者が訊ねられるであろう、とりとめも無いハナシに終始。フレンドリーだったが、やや高い料金をふっかけてきた。いやいや、おっさんアノ看板に3RMって書いてるじゃん。オヤジ笑う。バレた?へへへ。後味の悪さは、まるでない。たくましい商魂。そっくり真似はしたくないしできないが、自分には不足している要素。

 去り際、入国審査で気を良くして、またしてもマレー語で「ありがとう」といったのだが、発音がおかしかったらしく、オヤジは小馬鹿にしてきた。ガイジンつかまえてそれはないだろう。ややイラっとしながら店をあとにする。

 こういうタイプのオヤジのいやらしさは、飲み屋のバイトで何度も経験していて、オヤジという存在の生命体としての強さを実感する。ああはなりたくないけど。

 さて、おなかも満たされた。宿を探さねば。まだ緊張は続く。