車輪のうえ(3)

 シンガポールでは2泊。

 到着の次の日は、ざっと街中を歩いて散策し、かのマーライオンを見にいったり、地図を買ったりした(マレーシアの地図は日本で購入していたが、タイの地図は現地調達)。地図を買ったのは、キノクニヤ書店だった。

 歩き回っているだけで、相当な体力を消耗してしまうほど暑い。ツーリング開始後のいちばんの敵は暑さであることを、かなりの不安とともに認識させられる。

 チャイニーズタウンや、ショッピングモールをうろつき、20:00頃にホテルに戻る。ホテルの前の自動販売機でジュースを買おうとすると、男が声をかけてくる。サイフを出しているタイミングなので、警戒したが、どうやら、販売機は動いてないよ、って言おうとしている。なかなか優しいじゃないか、シンガポール

 部屋に戻って自転車を輪行袋から取り出し、組む。リアエンドが曲がっていたりなどという、走行に影響が出そうな、致命的なダメージはない。フレームに若干のキズと、前輪の振れ、ホコリによるヘッドのザラつきくらいだ。飛行機での取り扱いが丁寧じゃないのだろう、輪行袋が少し破れていてかなり不安になったのだが、とりあえず第一関門は突破。

 といいたいところだが、明日以降、自転車にまたがってからようやくスタートなのだ。
 
 マレーシア南端に位置するジョホール・バルは、サッカー好きには聞き覚えのある都市であるようだが、ぼくにはさっぱりだ。シンガポールのホテルからジョホールまでは、国境にかかる橋を越えて約30キロ程度で、距離としてはたいしたことはないが、初海外、ツーリング初日、初陸路での国境越え、着いたら初の宿泊地の現地調達、と「初」ばかりのこの日の条件は、ぼくをとてもナイーブにさせた。

 翌10:00頃、ホテルをチェックアウト。

 当たり前だが、自転車はこの国でも正常に走り出す。驚くほど、スムーズに。その驚きは、文字通りぼくを「地に足がついた」状態にしてくれた。はっきりいって、このときのぼくの心拍は不安ばかりの異常なテンションで推移していたといっていい。その不安が、少しだけ摩擦の安定を獲得し、動揺という恐怖が和らぐ。

 クランクの回転するリズムが、これから走る長い道のりをぼくの体に(そう、「心」というより「体」といったほうが、しっくりくる)想起させる。

 不安の独走は、いつのまにか、期待との並走になっていた。それが単なる消尽のいち瞬間に過ぎないとしても、進む、という意味ありげな誘惑の表現が、ぼくを満たす。

 さらば、巨大ショッピング都市、シンガポール

 ぼくの道は続いているはずだ。