車輪のうえ(5)

 長い旅の途中にある者には、帰る場所はない。

 帰る場所すら一時的に棄て(なかば意図的に棄てているのだ)、ここに来ているのだから。あるのは、世界とぼくと、世界とぼくとの両方から逃げるための、一時的な寝床だけだ。ベッドのうえでだけ、すべてから逃げる、そして逃げても文句はいわれない、ぼくの「権利」とでもいえるようなものが確保される。


 『ロンリー・プラネット』で見つけた宿は、「フットルース・ホームステイ」という白人の40歳くらいの女性と、何人だかわからないがモンゴロイドの哲学的な顔をした男のふたりでやっている(らしい)ゲストハウスだった。そう、あと白い犬も。海外初現地調達宿泊地にふさわしい、絵になるメンバーだ。

 はじめ見た目が宿っぽく見えなかった(ただの平屋の家)ので、それらしき柵の前でウロウロしていると犬が出てきて盛んに吠え立てた。子どものころ犬が大嫌いだった。というか、怖れていた。小学校の周辺に出没する野良が、よく襲いかかってくるやつで、ぼくはその姿を見ると遠回りして避けて帰るのだった。

 犬というやつは、なんかの本で読んだ通り上下関係にはウルサいみたいで、小学生くらいの餓鬼に対してはかなり強気に向かってきた。日本のサラリーマンとしてはうまくやっていけそうだけど(なのに野良なんだけど)。その犬は白くて大きいやつだった。もうぼくは強く大人になった、犬なんて怖くない。怖くなくても、固く閉ざされた柵は初海外旅行者を不安にさせる。

 呼び鈴もなさそうで、声をかけても反応がない。どうしたものかとまごまごしながら待つこと数分、哲学男がひょっこり現れ、「ハロー!ツーリスト?」と声をかけてくれた。黒い上半身裸で。

 旅行者には慣れているのだろう、とくに細かい尋問を受けることもなく門を開け、通してくれる。外の日差しとはうってかわって、床のタイルがひんやりと足裏に心地よい。インテリアは、アジア風モダンといった様子でかなり小ギレイにされていて、天井で大きなファンがそのカタチを認めることができるくらいの速さでのっそり回っている。なかにやや小太り気味の白人のかわいい女性がのんびりとしていて、ぼくを迎えた。

 簡単に宿泊者名簿にサインをする。みると日本人もたまにではあるが泊まっているらしい。記帳を済ませると、「こっちがあなたのベッド」といって、2段ベッドのある狭い部屋に通される。いまのところ今日はだれも泊まらないとのことだったので、ぼくは適当に奥の下のベッドに陣取る。

 まずは水のシャワーで汗を流すと、宿主がリビングで映画を観るのでよかったらいっしょに、ということだったので、しばらく彼らと、ぼーっとおおきなブラウン管の映像を眺めた。どこの馬の骨ともわからない日本の若い男が、上半身裸の男とおおらかな白人女性と、プライベートな空間で時間を、会話もなく、かといって無言のもつ特有のプレッシャーもなく、共有している。犬がリビングを歩いている。気温は高く、暑いが、緊張はいっさいない。思いがけず訪れる弛緩。

 天井のファンの回転と、目の前を横切る犬の歩調のみが、時計のかわりにかろうじて時というものの存在をぼくに教えている。何時かは、わからない。