読書記録『ドキュメント 単独行遭難』(羽根田治)

 

ドキュメント 単独行遭難 (ヤマケイ文庫)

ドキュメント 単独行遭難 (ヤマケイ文庫)

  • 作者:羽根田 治
  • 発売日: 2016/12/09
  • メディア: 文庫
 

羽根田治さんの山岳遭難ドキュメントは、たまに読むと啓発される。というか気が引き締まる。人間は慣れてしまうもので、自分では注意できているつもりでも、慢心が出てくる。慢心というと、いかにも自信過剰みたいな表現だが、「慣れ」は無意識な慢心だけに厄介だ。意識できていないだけ、危険や危機が目前に迫らないと気づかない。気づいたときにはすでに危機的状況になっている。そういうことを改めて認識させられる。

 

羽根田さんの遭難モノには、著書ごとに気象遭難、低体温症などそれぞれテーマや切り口があるので自分の興味関心にしたがって読んでみるといいと思う。個人的に一番印象が強いのは、低体温症やツアー登山の切り口で書かれた(共著だが)『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(ヤマケイ文庫)は、その内容の怖さも含めてハイカー必読。

 

読書記録『VTJ前夜の中井裕樹』(増田俊也)

 

VTJ前夜の中井祐樹

VTJ前夜の中井祐樹

 

北海道大学柔道部出身、増田俊也氏のノンフィクション短編集。『七帝柔道記』、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』にならぶ三部作とのこと。『木村政彦は〜』は漫画でしか読んでないが、この三つの作品は高専柔道〜七帝柔道〜格闘技の流れのなかで生きる人間たちが、壮大な時間軸・空間軸で描かれている。

 

日本における総合格闘技の嚆矢となったとされる中井裕樹も北大柔道部出身で、著者・増田俊也の後輩にあたる。増田氏と『七帝柔道記』にも出てくる和泉先輩との対談も入っており、濃密でアツい人間関係を感じることができる。

読書記録『七帝柔道記』(増田俊也)

 

七帝柔道記 (角川文庫)

七帝柔道記 (角川文庫)

 

 ひとことでいうと、強烈で濃密。あまりにも笑えて泣ける青春私小説。とにかく騙されたと思って読んで欲しい一冊。リアル『魁!男塾』といっても過言ではない世界観は非常にマンガチックで実際に漫画化もされている(漫画は未読)。

 

七つの旧帝大体育会が定期戦で毎年争うのだが、七帝柔道はメインストリームの講道館柔道ではなく、寝技のプライオリティが高い高専柔道がルーツらしい。強豪校の推薦入学などで大学で柔道を続ける選手たちと違い、普通に受験勉強をし、将来柔道で食っていくわけでもない北海道大学の学生が(一年目から柔道を始め強くなっていくズブの素人もいる)、極寒の札幌でマイナーな柔道を続けながら、泣き、笑い、怒り、呻吟し、騙され、気絶させられる日々を描く。

 

こんな世界があったのか驚きともに、自分はそのような濃厚な時期を持つことができなかったことに対し、人間的なジェラシーを覚える。それほどエモーショナルだ(若い人はこれを「エモい」というのだろうか)。自分は高校まで剣道をやっていたので体育会的な雰囲気は懐かしく、かつ大学生のメチャクチャな行事なども学生寮に住んでいたのでかなり親近感を覚えた。

 

なんだか日々の仕事に嫌気が差していたが、仕事を含めいろんなものに向き合う姿勢を再考するいい機会になった。ぜひおすすめする。

読書記録『オオカミは大神 狼像をめぐる旅』(青柳健二)

 

オオカミは大神 狼像をめぐる旅

オオカミは大神 狼像をめぐる旅

  • 作者:青柳 健二
  • 発売日: 2019/04/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 オオカミ関連でもう一冊。日本のオオカミが祀られた神社をめぐる旅。たくさんのオオカミ像(神社で狛犬と同じ役割になっている)や、オオカミが描かれたお札の写真が点数も多く楽しい。

 

以前、両神山に登った際にオオカミ信仰があるということを知ったのだが、それほど日本中に広範に渡っているものだとは思わなかった。日本固有のオオカミ(エゾオオカミニホンオオカミ)はすでに絶滅していることになっているが、これを読むとオオカミが確かに日本でも生き続けているな、と思えてしまう。『オオカミと人間』に描かれていた欧米でのオオカミの扱われかたとも対照をなしており、日本人の自然観との違いなどは興味深い。

 

東京都心や近郊にもオオカミが祀られた神社があり、渋谷の宮益御嶽神社多摩川浅間神社などは近くもよく通るし今度行ってみようと思う。

読書記録『オオカミと人間』(バリー・ホルスタン・ロペス)

 

 同じく角幡唯介氏の推薦書。

 

オオカミと人間との関わり合い(特に北米におけるオオカミ「迫害」)を描く。オオカミの生態そのものというよりは、タイトルの通り重きを置かれているのは人間史のなかでのオオカミであり、いかに人間たちがいかに「不当に」オオカミを追い詰めてきたか、オオカミという存在をどのように捉えてきたか、が書かれている。神話や童話などにおけるオオカミの描かれかたや、宗教裁判や魔女狩りとの関連なども興味深い。

 

人間の集団、社会が、いかに無意識に自分たちが正しいと思って結果的には間違ったことをしてしまうのか。その一例として参考になる。まあ、「間違ったこと」といっているのは、過去を非難しているのではなく、同じことを繰り返さないための反省でとしてである。