『白鯨との闘い(原題:In the Heart of the Sea)』(2015、米)

WOWOWで鑑賞。ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』の映画化なのかと思っていたが、『白鯨』の元ネタである、捕鯨船エセックス号の沈没事故(1820-21年)の映画化である。物語はメルヴィルが、その事故を題材に小説を書くため、エセックス号の元乗組員に取材するというかたちをとっている。当時まだ少年だった元乗組員のトーマスは、「まだ誰にも語ったことのない」自らのその悲惨な経験を重い口を少しずつ開きながら、時には(苦痛ゆえに)話すことを拒絶しながら、しかしゆっくりとメルヴィルに語り聞かせる。

主人公の一等航海士チェイスを演ずるのは、『ラッシュ/プライドと友情』でF1ドライバージェームス・ハントを演じたクリス・ヘムズワース(ブラッド・ピットを彷彿とさせるイケメン)。監督は『ダヴィンチ・コード』のロン・ハワード。『ラッシュ』は個人的には男どうしのヒリヒリするようなライバル意識と、それがF1というモータースポーツ最速の世界でぶつかり合うことで、同志としてのお互いへの畏怖、尊敬にまで高まっていく過程がとてもかっこよかったので、好きな映画のひとつである。

本編は、「ぜひ映画館で観たかった映画」である。わが家の小さなテレビでは正直、襲いかかる白鯨の迫力はほとんど伝わってこないし、音響もしかり。ただし、白鯨との戦闘シーンは少ない(一方的に人間がやられるだけだが)。鯨油47樽分の巨大なマッコウクジラを狩る序盤のシーンはとても興味深く、人間たちが「小舟」と銛で巨大な海の生物に立ち向かうその仕事のヤバさ(危険さ)がものすごく伝わってくる。人類の捕鯨技術の歴史について深く学びたくなるほどだ。当時のこの「捕鯨」という労働のヤバさは、メルヴィルの小説『白鯨』の持つ暗さ(それは通奏低音のように「死」を予感させるのだが)にそのまま生かされているように思う。ちなみに自分のばあい『白鯨』は新潮文庫版で読んでいるので、比較的評価の高そうな岩波文庫版を今年こそ読みたい。

映画には、もうひとつ、遭難における悲惨さが描かれており、元乗組員のトーマスが長いあいだ口を閉ざしていたのには、そのためである。それは、人肉食の罪の意識であり、生き残るための行為だったとはいえ、死んでしまった仲間のクルーを解体し、自らの命の糧としたことへの背徳感である。このカニバリズムについては小説『白鯨』には描かれていなかったと思うが(記憶が曖昧です)、エセックス号の遭難の悲惨を物語るエピソードである。ただし、この映画がそんな「罪」の意識を主題としているかといえばそうとは言えず、逆にそのような感傷にはそれほど重きを置いていないように思う。映画はむしろ、捕鯨と遭難、その周辺をわりと淡々と描いているようで、悲劇ではあるが、それほど湿っぽくはない。冒頭で述べたように、映画館で観たほうが、物語の世界により没入できたかもしれない。自宅での鑑賞は、雑音が多い。

カニバリズムといえば、大岡昇平の『野火』(新潮文庫)が有名で、1959年には市川崑が、2015年には塚本晋也が映画化している(市川版は未見)。関係ないが、塚本晋也は『シン・ゴジラ』以降、わりと目にするようになった気がする。