読書記録

マイ仏教 (新潮新書)

マイ仏教 (新潮新書)

仏教に興味がある以上にみうらじゅんが好きなので、2011年の年末に買ってみました。みうらじゅんといえば、「マイブーム」という流行語を生んだひととか、『見仏記』とか、麻生久美子をキャストし爆発的にカワイイ演技を披露した映画の原作漫画『アイデン&ティティー』とか、ミュージシャンのbirdと不倫して今はダンナとか、ひとによっていろんな印象があるかと思います。

その遍歴を知っている方は、このお方の愛すべきマニアックぶりとダメっぷりに共感してやまないことでしょう。『マイ仏教』はそんなみうらじゅんのエッセンスがコンパクトに凝縮された本だといえます。氏の従来からのファンにとっては、彼が何を考えているかを知る(あえていいますが)「良書」と思います。また、いきなりみうらじゅんのひととなりを知らずに、「仏教」に惹かれてなんとなく読むひとには「?」な感じかもしれません(辛うじて仏教の知識があるひとはツッコミをいれつつ楽しく読むこともできるかもしれませんが)。かといって、なんとなく読んでなんとなく「元気」になれる書であるかもしれません(我ながらどっちつかずの悪レヴューだ)。「自分なくし」とか「後ろメタファー」とか、彼の造語に直感でピーン!とくるひとにオススメします(我ながら感覚的なレヴューだ)。

不幸論 (PHP新書)

不幸論 (PHP新書)

かなり前にいちど読んだのだが、年末年始で「幸福(あるいは「幸せ」)」について考えてみようとにわかに思い立ち再読してみました。おなじみ中島義道先生!の書籍(最近ネタがなくなっているのかな、小説を書いてましたね)。

極めて簡単にまとめると、人間ってなぜかこの世に生まれてきて、生まれる環境も育つ環境も不平等だし、誰かの「幸福」は誰かの「不幸」のうえに成立している。まして「死」という絶対的なものが存在している以上、「幸福」は錯覚であり、その追求は欺瞞である。こんな感じです。

 自分自身とは何か、それがどこかにころがっているわけではない。(中略)
 それは各人が生涯をかけて見いだすものだ。しかも、それはあなたの過去の体験のうちからしか、とりわけあなたが「現におこなったこと」のうちからしか姿を現さない。とくに、思い出すだけでも脂汗が出るようなこと、こころの歴史から消してしまいたいようなこと、それらを正面から見すえるのでないかぎり、現出しない。(パウロの刺のように)あなたを突き刺すあなた固有の真実を覆い隠すのでないかぎり、見えてこない。
 幸福は、こういうことをすべて考えないようにすることによって成立している。
 だから、あなたは自分自身を手に入れようとするなら、幸福を追求してはならない。あなた固有の不幸を生きつづけなければならないのである。(pp.203-5)