車輪のうえ(10)

 この日の目的地、ポート・ディクソンというところは、人工の白いビーチだという。海派か山派か、と問われれば、迷わず「中とって陸派!」と答えるぼく(エクストリームな環境は苦手なチキンなので)には、「白いビーチ」は大して魅力的ではない。しかも人工。まあ、しかし画になるような「観どころ」的ではあるし、旅のアクセントとしては悪くないか。

 朝早く宿をでる。きょうは海外で未経験の約90キロの行程なので、ビビっているのである。まだ半眼であくびをしているようだがやはり「一日の始まり」たる光を届ける太陽、そのなかを走るランナー、それらの存在感が、これまでよりちょっとだけ長くなるこの日の道のりに対する不安を和らげる、少し。

 車の少ない道、ゴムの木の林は陽光を遮って、アスファルトからの熱反射を吸収する。きょうは「過酷さ」からは遠く隔たった道を走っている。少し登った高原のようなところも通過し、ここは日差しをもろに浴びるが、やはりまだ車は少なく、「気分のいいサイクリング」であることに、微塵の揺らぎもない。

 基礎代謝があがってきたのか、すぐに腹が減るようになってきた。それでもこの日は朝飯をけっこうしっかり食べてきたので、昼過ぎくらいまでは、もった。ドライブインのようなところでラーメンのようなものを食べる、もちろんコーラもいっしょだ。高校の時の部活の後の麦茶もそうだったが、この時のコーラの旨さを再現するのは、これからの人生では、不可能に近いだろう。また、同じことができるだろうか。過去の再現など、可能だろうか。

 笑えることに、まだ顔に幼さの残る店の女の子が少しだけ高くふっかけてきた。その真剣さに苦笑いをしつつ、かわす。日本人だからといって、ぽんぽん金を出すと思ったら大間違いなのだよ。

 目的地手前、約40キロのところで前輪にガラス片が刺さってスローパンク。いいことは続かないものだ。でも、車通りの少ないところでよかった。道ばたの芝生に自転車を倒し、チューブを引っ張りだす。スネークバイトと呼ばれるリム打ちパンクと違って、穴はひとつだ。簡単にパッチを張って修復。タイヤからはガラス片を取り除いた。手際よくできたことで、その後の気分も悪くなかった。むしろ、「自転車旅行している感じ」が妙にこころに迫ってきて、ぼくを紀行文の主人公にしてくれた。


 14:00くらいにはユースホステルに到着。個室はなくシェアのみだったが、ほかの宿泊客もおらず快適。正直いえばほかの旅行者とのアバンチュール的なものも期待していたのだが、この時点でその対象は皆無。まあ、独りを楽しもうじゃないか。

 夕方には「画になるマラッカ海峡に沈む夕日」を見られるかと思ったのだが、雲が出てきてぼくの淡い期待は断たれた。少し寂しいが、ピンクの枕とシーツを濡らしつつ、きょうは寝てしまおう。明日も90キロくらい走る。