読書記録『冷い夏、熱い夏』(吉村昭)

冷い夏、熱い夏 (新潮文庫)

冷い夏、熱い夏 (新潮文庫)

末期ガンの弟と、それを見つめる兄(「私」=吉村昭)。ガンの告知がいまほど一般的でなかった時代の話、という前置きが必要だが、弟の末期ガンという事実を知った兄は、患者本人にはその事実を告げず、最期まで隠し通すことを決意する。その命が長くは続かないことは徐々に親戚周辺にも知られていくこととなるが、弟本人には決して告げてはならないとし、日増しに衰弱していく弟をみて意思がくじけそうになる自分に対しても、嘘をつくのだと自分自身を納得させようとする。死期が迫っていることを自覚し始める弟と、それを感じつつも「嘘」を突き通す兄とのあいだの緊張感のあるやりとり。

死ぬことへの悲しみを描いた単なる「泣ける」話では決してない。きれいごとではなく、人間のエゴイズムをえぐったある意味で感動的な小説だと思う。しかし、ひたすら事実を描き続ける吉村昭の文体は、「私」の価値観の押しつけを回避し、読者を挑発する。「なにが正しいか」と問う小説ではなく、「なにを愛するのか」という問いを投げている。