- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1975/07/29
- メディア: 文庫
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余計なものを排した、吉村昭のミニマル(といっていいか分からないが)な文体が人間を堅実に描ききっている。ここ最近で読んだ小説のなかではベスト。
なぜ人間は、多くの犠牲をはらいながらも自然への戦いを続けるのだろう。たとえば藤平たち隧道工事技術者にしてみれば、水力用隧道をひらき、交通用隧道を貫通させることは、人間社会の進歩のためだという答えが出てくる。が、藤平にとってそうした理屈はそらぞらしい。かれにはおさえがたい隧道貫通の単純な欲望があるだけである、発破をかけて堀りすすみ、そして貫通させる。そこにかれの喜びがあるだけなのだ。自然の力は、容赦なく多くの犠牲を強いる。が、その力が大きければ大きいほど、かれの欲望もふくれ上り、貫通の歓喜も深い。(pp.158-159)