読書記録『高熱隧道』(吉村昭)

高熱隧道 (新潮文庫)

高熱隧道 (新潮文庫)

黒部峡谷に隧道(トンネル)を掘る技師と人夫たちとを描く、史実に基づいたフィクション。昭和11年に着工、同15年に完工した黒部第三発電所の隧道掘削の現場が舞台。人を寄せ付けぬ山間部、岩盤の最高温度が摂氏165度に達する世界で、男たちが恐るべき自然に立ち向かう。雪害、発破作業などによる死者は300人超。現場で危険な作業に就く人夫たちと、彼らを指揮する技師たちとの緊張感がたまらなくよい。

余計なものを排した、吉村昭のミニマル(といっていいか分からないが)な文体が人間を堅実に描ききっている。ここ最近で読んだ小説のなかではベスト。

なぜ人間は、多くの犠牲をはらいながらも自然への戦いを続けるのだろう。たとえば藤平たち隧道工事技術者にしてみれば、水力用隧道をひらき、交通用隧道を貫通させることは、人間社会の進歩のためだという答えが出てくる。が、藤平にとってそうした理屈はそらぞらしい。かれにはおさえがたい隧道貫通の単純な欲望があるだけである、発破をかけて堀りすすみ、そして貫通させる。そこにかれの喜びがあるだけなのだ。自然の力は、容赦なく多くの犠牲を強いる。が、その力が大きければ大きいほど、かれの欲望もふくれ上り、貫通の歓喜も深い。(pp.158-159)