読書記録『博士と狂人』(サイモン・ウィンチェスター)

「運命」など信じるに値しないコトバだ。それは将来についての解釈の問題であって、現在形の文脈で語られるばあい、すべてある種の嘘臭さをはらむのだ(できないことを、できる、と言ってしまうような)。いま言えるのは、身のまわりに起こるすべてのことは、すべて偶然が重なっていまここに至ったもの、ということだけ。それはミルクレープのように層が厚く、だるいくらいにでっちりとして重い(あまり甘くないミルクレープは好きだが)。

博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)

博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)

三浦しをん舟を編む』を読もうかなと思ってネットでだらだら周辺をあさってたら、けっこう出てきた本でこっちのほうがおもしろそうだったので買ってみました。ちなみに現時点で増刷されておらず、古本でしか買えない。『オックスフォード英語大辞典』(OED)編纂事業の中心的な役割を果たしたマレー博士、協力したマイナー博士、このふたりの「交流」(?)がお話の中心。非常にドラマチックなノンフィクションでオススメです。あまり事前知識を入れないで読むほうがいいので、ここではネタバレ回避で詳細は書きません、個人的に気に入った箇所だけメモ的に引用。

もちろんこれだけで、この大辞典を所有する必要性が正当化されるわけではない。だが、そこにマイナーの名前を見出したとき、偶然何かを見つけることのすばらしさが本当によくわかるのだ。OEDの名声のゆえんは、まさにここにある。辞典のなかで偶然、何かを見つけるのがとてもすばらしいということに、異論を唱えるものはまずいないだろう。(pp.350-351)