靴塚

わりとちゃんとランニングをやっていると靴はかなりの消耗品で、500kmの走行で1足の寿命がくるとして年間2,000km走れば4足つぶすことになる(じっさいは数足で使いまわすので1年に4足まるまるつぶすわけではない)。ランシューズとしての寿命が来れば(デザインが悪くなければ)日常使いもできるので、けっこう長いあいだ使える。ランニング用としてはだいたいアウトソール、ミッドソールが先にダメになるので、アッパーはかなりきれいに見えていてもデザインが悪ければおさらば、ということになる。

走るための道具として、ちゃんと使い倒しているつもりではあるから、「ムダづかい」の後ろめたさはほとんどないのだが、やはり走らないひとと比較して「靴を捨てる」というある意味「殺し」とでもいえるような行為を多く経験しているので、なんというか、靴を捨てる時の罪悪感は、けっこうある。だから、お世話になりました的な意味も込めて、埋葬でもしたい気分ではある。ただ、ゴミとして捨てるのは気分がよくない(もちろん自治体が指定するゴミの出し方としては正しい)。

さいきん2016年に初めてトレイルランに参加した時の靴を処分した。アルトラというブランドのスペリオールという靴だが、軽量でトレイル用としては比較的クッションが少なめ。アルトラ特有の前足部と踵との落差がない「ゼロドロップ」が好きなのと、幅広の自分の足に合う前足部に余裕を持たせたラスト、かつそれでいて足の甲から土踏まずをぴったりくるむようなフィットが最高に自分に合っていた。足の動きに追従する感覚がすばらしく、靴を履いているという感覚が少ない。100kmを超えるようなロングディスタンスだと、もっとクッションが多い靴がいいが必要充分だし、日々のトレイルでの練習や100km以下のトレイルレースなんかでは最高じゃないかと思う。シューレースをしめるときの、アッパーが甲のカーブに沿うようにフィットする感じも好きだ。デザインは好みが別れるが、自分にとっては普段履きでもいける秀逸な熱帯魚のような戦闘的な外観はテクニカルすぎず、愛着が持てた。アルトラのラインナップではローンピークの陰に隠れがちだが、アルトラのシューズに足が合うひとにはぜひスペリオールを試してほしい(まわしものではありません)。

なかなかここまで愛着の持てる靴に出会うことは少ないが、いちど出会ったら、もうそれしか選択肢がない、くらいに思う。しかもランニングの道具、武器としてのシューズは完全に消耗品で命は短い。流行りのナイキ、ヴェイパーフライ4%はその寿命が160kmとかなんとか。それはあまりにも極端だが、ランニングシューズは思いのほか寿命が短い。そしてけっこう短いスパンでモデルチェンジする(単純にそれが「進化」と呼べないばあいもあるが
)。そして人間も成長や老い、怪我などを経験し一定の状態であることはむしろ少ない。ランナーにとって、過去に積み上げられた靴の山はその人間の歴史のいちぶを表現している。